「Story」vol.3 矢野アマンダ由嘉利

流通経済大学 法学部ビジネス法学科1年 女子サッカー部
2016年度奨学生
大学生活――。
 漫画やテレビドラマのような華やかなキャンパスライフに憧れを抱く高校生も多いだろうが、現実の大学生活は漫画以上に波瀾万丈の新生活が待っている。
 鎮西学院高校女子サッカー部で全国大会に出場して、2016年春から茨城県にある流通経済大学に進学した矢野アマンダ由嘉利もそんな一人だ。

漫画であれば、そこから成功への道を一直線に進むのだろうが、現実の世界はそんなに甘くはない。

 「高校時代の私はキラキラしていて、常に笑顔。それが、今は自分を見失ってしまって、探している状態です」
 そう語る矢野は、2年前に創設されたばかりの流通経済大学女子サッカー部に所属している。
 鎮西時代にはキャプテンとしてチームを全国大会の上位まで牽引して、大会の優秀選手にも選ばれた実力派。明るいキャラクターと確かな実力を買われて、テレビ局主催の芸能人&元Jリーグのスター選手対女子高校サッカー選抜の試合に抜擢されたこともある。
 将来のなでしこジャパン候補生として期待された矢野の将来は明るく輝いていた。漫画であれば、そこから成功への道を一直線に進むのだろうが、現実の世界はそんなに甘くはない。
 女子サッカー部ができて2年目の流通経済大は関東大学3部に所属するが、将来が非常に楽しみなチーム。今季は3部での試合を10勝無敗と圧倒して、来季の2部昇格を決めた。
 1年生ながら先発に抜擢された矢野はリーグ戦初戦で2ゴール、2戦目でもゴールを挙げたが、3戦目からは先発を外されてしまう。
 「そのことは毎日考えているのですが、積極性が欠けてしまっているのだと思います。最近はプレーにも自信がなく、プレーが消極的になってしまっています。周りも見えていないし、足元も収まらない。技術全体が伸び悩んでいますし、試合中のコミュニケーションも足りない」

「今はもがいている状態ですが、サッカーへの情熱は中学や高校のときと変わりません。」

 これまで九州で慣れ親しんできたプレーとは違うスタイルに戸惑いも見せるが、「いろいろなプレースタイルを学びたくって、九州を出た」と言う矢野は、自らが望んで新しい環境に挑んでいる。
 「好調なときは笑いながらドリブルをする」という矢野だが、大学では練習中も試合中も笑顔が消えてしまっている。「今はもがいている状態ですが、サッカーへの情熱は中学や高校のときと変わりません。サッカーを愛しています」とサッカーへの熱い気持ちだけは保っている。
 「技術が足りないので試合に出られないのですが、とても悔しいです。ただ、悔しいだけで終わるのではなく、この悔しさをバネにもっと上達していきたいです。皆と同じ練習をしているだけでは足りないので、誰よりも練習をするようにはしています」
 練習場には誰より先に来て、練習終了後もグランドの灯りが落とされるまで、一人でボールを蹴り続ける矢野。チームメートが良いプレーをすれば、すぐにアドバイスを求めて、そのプレーを練習することで自分のものにしようと必死に努力を積み重ねる。
 「試合中も声を出してチームを盛り上げ、嫌な雰囲気になっても声を出すことでその空気を変えたいんですが、最近は声も出てないですね」と反省する矢野は、少しだけ自分の姿を見失ってしまっているようだ。
 「今は自分の中の芯がぶれてしまって、芯を失っているのかもしれません。周りの声に惑わされて、それがサッカーにも悪影響として出てしまっています。自信を失い、探している間に、自分がなくなってしまいました。本当はそうではなく、自分はこうなんだというのを作りたいですね」
 高校までに築き上げてきたものが、大学で壊されて、また一から作り上げる作業に入る。多感な大学生活で、矢野はサッカーを通して自分探しの旅をしている。
 「夜、寝る前に考えるんですよ。自分がないのが、プレーにも出てしまっているので、プレーでも言葉でも自分を表現したいですね。ちゃんとした目標が定まっていないから、自分が何をすれば良いのか分からなくなってしまうんですよね。本当にサッカーがしたいのか?という原点まで戻って、いろいろと考えて、悩んでいます」
 一見すると遠回りして、回り道をしているように見えるかもしれないが、大学生という多感な時期に考え、悩むことはとても大切だし、それが今後の身となり骨となってくる。考えることが成長に繋がるはずだ。
 練習や試合で試行錯誤を続けることで、トンネルの出口は見えてきた。
 2016年秋の関東大学女子サッカーリーグ戦では、シーズン最後から2試合目の文教大学戦で先発に復帰。リーグ戦で3位に着ける文教大との大事な一戦で、1ゴール、1アシストと結果を残した。とくに、チームの2点目となったアシストは、自らがゴール前に切れ込んで複数のディフェンダーを引き付けてから、後ろからノーマークで走ってきたチームメートにバックパスを出す見事なプレーだった。
 勝てば入替戦を待たずに2部昇格が決まる東京学芸大学戦でも2試合続けて先発としてピッチに立ち、試合序盤から積極的にゴールを狙っていった。
 矢野にとっての初めての大学リーグ戦はジェットコースターのようなアップ&ダウンの多いシーズンとなったが、挫折を経験したことで一回り大きく成長でき、来季以降に繋がる良い形でシーズンを終えることができた。また、チームとしても目標に掲げていた2部昇格を無事に果たし、今後は1部昇格を目指して戦っていく。

「勉強が好きで、大学内の図書館で本を読んだり、勉強したりするのが本当に楽しいんです」

 サッカーでは自分探しの旅に出ている矢野は、大学での生活は充実していると言う。チームメートとのふたり暮らしでは毎日自炊をして、学校の勉強も楽しみながら励んでいる。
 「勉強はすごく楽しいです。勉強が好きで、大学内の図書館で本を読んだり、勉強したりするのが本当に楽しいんです」と笑顔を見せる。
 「高校時代は寮だったので、食事も出されたものを食べるだけだったんですけど、今は栄養のバランスを考えながら作り、生活のリズムも意識するようになりました。身体のケアも高校のとき以上にするようになり、そういった大切さも学んでいます」
 大学生活を通して、一人の女性としても、サッカー選手としても大きく成長をしている矢野。「ここにいられるのは当たり前ではなく、全てのことに感謝しています」と周りに感謝する気持ちも忘れない。 
 矢野が謙虚な気持ちと感謝を忘れないのは、ご両親に大切に育てられたからなのだろう。

「好きなサッカーをキツイと言う理由で辞めるのは嫌で、3年間ずっと練習に打ち込みました」

 小学校低学年のときに母の祖国であるブラジルと日本を何度も行き来して、自然と国際感覚を身に着けた。この国際感覚は今後、サッカーの世界でも、社会人としても役立つもので、矢野の大きな武器となる。
 サッカーを始めたのは中学校に入ってから。
 「本格的にサッカーを始めたのは国見中のときです。オフサイドとかのルールも知らない中、男子に混じってサッカーをしていました」と口にする矢野は、「私のサッカーの原点は国見です」と言い切る
 男子と一緒にプレーすることで高いレベルで練習できるだけでなく、精神的にも強くなった。 サッカーを始めたばかりの女子部員が、全国制覇をしたこともある強豪男子サッカー部で、男子と同じ練習をこなしていく。どんなに頑張って練習をしても、試合に出るチャンスさえも与えられない厳しい環境の中、矢野は卒業するまで3年間、男子と一緒にサッカーボールを追い続けた。
 「素直にサッカーが好きで、自分で入りたいと思って入った部活でした。家に帰るとすごく悔しくって泣いたことも何度もありましたが、そこで辞めるのは嫌でした。(男子サッカー部だったので)両親は私がすぐに辞めると思っていたみたいですけど、好きなサッカーをキツイと言う理由で辞めるのは嫌で、3年間ずっと練習に打ち込みました」
 そんな努力が実を結び、矢野の実力はメキメキと伸び、高校に入る頃には女子の中ではトップレベルに達していた。
 「本当は県外の強い高校に行きたかったんですけど、自分の中で怖さもあったので、長崎で一番強い鎮西を選びました」
 鎮西では寮生活をしながら、サッカーに専念。キャプテンとしてチームを全国大会やインターハイに出場して全国3位に導いた。
 「周りの高いレベルに付いていけるかが怖かった」と高校入学前に思っていた九州の強豪校を次々と倒し、九州3冠も達成。鎮西に入るときにお母さんと交わした「九州で一番になる」との約束も果たし、一躍全国区の選手として注目を集める存在となった。

矢野のサッカー人生のピークは高校時代ではなく、これから訪れる。

矢野のサッカー人生のピークは高校時代ではなく、これから訪れる。大学で早い時期に挫折を味わったのは彼女にとってラッキーでもあった。
 「他の人たちと同じ、普通の人生を歩みたくはない」と言う矢野のキャンパスライフは、漫画以上のドラマ性に溢れ、これから何度も悔し涙と嬉し涙を流していくことだろう。
 矢野アマンダ由嘉利という一人の女性しか彼女のライフストーリーのヒロインを務めることはできない。
普通ではなく、彼女にしか描けない人生はどのようなものになるのか?
努力を惜しまずに、勉強熱心な矢野には明るい将来が待っている。もちろん、すべてが順風満帆というわけではなく、ところどころに壁が待ち構えてはいるが、それを乗り越えることでさらに強くなる。女子大学サッカー界屈指の選手となり、なでしこジャパンの一員として世界に羽ばたいていけることを期待したい。

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